能登で仏像を応急処置させていただいた晩秋のことを、夫婦で何度も思い出している。
お寺や仏像のことはもちろん、滞在中に味わったもの、接した人たち、道路のこと、町に住む猫たちのことも。
テレビでラーメンが映れば「あの朝市通りにあったラーメン屋さん、美味しかったね」。
美味しいプリンを食べれば「工房長屋にあった、自家焙煎珈琲店のプリン、思いだすね」。
野良猫を見かけたら「お宿の駐車場にいたあの猫たち、元気かな」。
金継ぎされた器を見ると、漆を扱っていた職人さんの姿を思い出す。海沿いの道を車で走ると、窓の外に広がっていた日本海の景色を重ねてしまう。
ほんの数日滞在しただけなのに、深く人生に染み込んで離れない。
先月、文化財防災センターから令和6年能登半島地震の活動報告書が公開された。様々な支援活動の記録の中に、私たちの工房のことも載っている。
報告書を開くと、あの時「仏さんが帰ってきた」と、両手を合わせた人たちの姿が思い浮かぶ。お堂の薄暗がりの中で、静かに手を合わせておられた。
床の抜けた堂内の一角で、トイレも使えなくなった不便な環境の中で、暖かい汁物を供して下さったお心を、思う。
私たちがしたことはほんの僅かなことだったけれど、確かにあの場所で出会い、人生を交わらせた。
今、黒く光る輪島塗の箸を使いながら、少なくとも毎食ごとに彼の地を思っている。朝の味噌汁も、午後の軽食も、夜の主菜も、あの町で出会った人たちとともにある。

