雨は、夕食の頃から強まり、雷も鳴り始めた。
今、今年十になった娘が、濡れた髪を父親に乾かしてもらっている。大きな声で歌いながら。
もう22時も過ぎているが、外は獣ばかり。これが一昨日の東京のホテルでのことなら、静かにしてね、と制していただろう。
「みんなのうた」から、ビートルズ、浦安の舞と、レパートリーは幅広い。ドライヤーの音をかき消すように、喜色でいっぱいの歌声が耳に飛び込んでくる。
髪が乾いた後も、土間の私の元へやってきて、踊り付きで歌ってくれている。頬を赤く染めて目を細め、体をグイングインと回して節をとる。
終わったかと思い拍手をすると、「いひひひ」と歯を見せた。
「お母ちゃん、歌うの好き?Yちゃん大好きなの!この気持ちわかる?ずっと歌っていたい。——お父ちゃ〜ん、Yちゃんの歌、どうだった?」
次の歌を歌いながら居間へと姿を消した。父親の前で披露するらしい。程なくして、歌いながら頬を紅潮させる娘が廊下を過ぎていく。夫がその背中に手を添えて、手洗いへと促している。
「うんうん、かわいいなぁと思ったよ」
二人の声が、小さくくぐもってパタリと扉が閉まる音がした。やがて、再び歌声が近づいてきた。
「——でもねぇ、おともだちの前では歌えないの」
小さな声で夫に何か話し、夫が答えている。二人連れは廊下を過ぎ、布団の中へ潜り込んだ。
娘の声が鎮まり、夫の低く響く声だけが雨音に混じり始めた。
そのうち、夫のあくびひとつが聞こえて、雨音だけになった。

