新緑の季節に、蝋梅の香りがなつかしい。
二月初旬、吉田仏師は地元の中学校で講演をした。総合学習の授業で、「仕事の達人」と銘打たれた特別講義だった。
吉田仏師がちょうど仏像と運命の出会いをしたのは、13〜14歳の頃。当時と同じくらいの子どもたちを前に、吉田は当時を思い出しながら語った。
一通り話が終わった後も、生徒たちは仏像や道具を取り囲んで、話しが尽きない様子だった。
そんな授業からしばらく経ったある朝、郵便受けに茶色の封筒が入っていた。学校名の印刷の上に、丁寧な手書きの宛名。
デスクに座り、封を切る。
校長先生からの手紙に続いて、生徒たちの感想が紹介されていた。文章を追っていくと、「失敗しても、最後までやり切りたい」「自分の好きなことを極めて、その先にある道を掴み取る」。
途中まで読んだところで、吉田が部屋に入ってきた。
手渡すと、吉田は立ったまま読んでいる。私はデスクに座ったまま、その横顔を見ていた。次第に、吉田の目元が緩んでくる。無言で、微笑んでいた。
「どうだった?」
お茶を淹れようと立ち上がりながら声をかけると、吉田が顔を上げた。
「これは嬉しいね」
そう言って、また紙に目を落とした。もう一度、最初から読み始めていた。
その手紙をデスクに置いたまま、いつのまにか季節がすぎた。外を見やると、藤の花が新緑に溶けそうだった。


