さ、さ、と木を削る音がする。
その背景に川のせせらぎ、小鳥の声。ときおり、木端をはらう吉田仏師の吐息も混じる。木の香りに包まれた彫刻室で、今日はこれを書いている。
以前のコラムで、造仏の文化がアジアに広く根を持つことを書いた。中国、朝鮮半島からの渡来の技術が、日本の土壌で発酵していった話だ。しかしもっと広く目を向けると、違う世界が見えてくる。
聖なるものに形を与えようとしてきた人たちは、世界中にいる。
ヨーロッパにも、木彫で聖人像やキリスト像を刻む宗教彫刻家たちがいる。チベットには「lha bzo ba」と呼ばれる職人がいる。神々に現世の肉体を与える者、という意味を持つ。ネパールでは特定の氏族が独占的に仏像を作り続けているそうだ。インドには「シルピ」がいる。ヒンドゥー教の神像を刻む者たちだ。
それぞれが固有の名を持ち、固有の歴史と社会的背景を背負っている。そして、個人的な芸術的解釈の余地を排除し、儀軌を優先することを大切にしている。日本の仏師がそうであるように。
世界の東の端、そのまた端っこで造像する私たちにも、同志がいるのだ。それも世界中に。
呼び方は違う。素材も違う。信仰の形も違う。しかし、不可視の良きものに形を与えたいという衝動は、驚くほど共通している。また、出来上がった像は神聖なるものを宿らせる器である、という認識も共通している。厳粛な儀式が執り行われることによって、はじめて宗教的な機能を持ち始める——そのことも含めて。
さ、さ、という音を立てながら、今隣で木を削っている人も、その系譜の一人だ。
宗教を持たなくても、聖なるものへの感受性を持つ人たちが増えているという。特定の宗教的コミュニティに属さないまま、仏像に惹かれる人もいる。その是非はここでは触れない。
宗教的な境界は残しながら、異なるレイヤーで、新しい信仰の形が育っている可能性を考えたい。
商業主義と信仰のあいだで揺れながら、世界中の職人たちは今日も手を動かしている。仏教が衰退し仏像も拝まれる機会を大きく失うところがある一方で、遠い国で破損した仏像が美術品として愛でられることもある。カルマ的な認識のない場所で、仏像がインテリアになることもある。
私はそれを否定しない。何がきっかけで、聖なるものへの扉が開くかわからない。誰かの机の上に置かれた残欠の手が、仏頭が、その人の人生のどこかで、解脱への中継地になるかもしれない。
私の小学校時代の恩師が、校長室の机に仏手を飾ったそうだ。子どもたちは「これなぁに?」と興味を示し、握手していくという。子どもたちは、それが御仏の手だとは認識していない。けれど、校長先生の部屋にあったあの不思議な手は、なんだったのだろう?その小さな疑問が、いつか花開く時が来るかもしれない。
そのような時代に、職人たちを呼ぶ名称が、翻訳されずそのまま旅することの意味を考える。
例えば、「busshi」という音が世界を旅するとき。
それは仏師という職能の核——渡来した歴史、修行の年月、祈り、儀軌、独自の発展、系譜——そんなものを抱えたまま旅する。
翻訳すると、その核は一度解体されて届けられる。だから、そのままの音で伝わった時、核の強度と深度を持ったまま、聖域を守るアンカーになるのではないだろうか。
信仰を持たない人が「busshi」という言葉を知るとき、その言葉の背後にある核の存在を、感覚として受け取る。仏像への解像度がわずかに上がる。その解像度が、きっと、その人の人生を深く豊かにする。そのことを心から願っている。
さ、さ、という音が続いている。川の声も、鳥の声も一緒に。
聖なるものに形を与えたい人類共通とも言える衝動の一端が、今日も世界の端っこで、手を動かしている。
アイキャッチの画像撮影:田村 紀子 さん


