その厚い封書が届いたのは、雅楽演奏会が終わって数日が経った、桜満開の頃だった。
差出人は、年上の友人として慕っている、郷土史家の原田英祐さんだ。友人だと、私はいつも思っている。なぜ「友人」と思うのか、自分でも不思議だ。きっと、原田さんのお人柄がそうさせるのだろう。
もう何年も前になる真夏を思い出す。
博物館主催の「地域学芸員講座」へ、吉田仏師と原田さん、そして私の三人で、連れ立って参加していた。ある日、会場で私が無意識に手を擦り合わせていると、原田さんがそれに気づいて、冷房を緩めてもらいましょうか、と話しかけてくださった。朴訥としていて、あたたかい。細やかに気づいて、さりげなく動かれる方なのだ。
封書の厚みから、原田さんの新たなご著書だろうと察せられた。切手には仏像や雅楽の絵柄。私たちのことを思って選んでくださったのだろう、お心が嬉しい。
同封されていた手紙には、土佐日記に関する新説発表の華やかさと、これ以上の探究は後世へ、という願いが滲んでいた。私はもうそこまでやれません。吉田さんなら可能ではないかと愚考します、と最後に添えられていた。
いつも、本が出るたびにご恵贈くださる。今回は「土佐日記・歴史と地理探訪〈最終版〉」と題した大作だ。実際に土佐の町を訪ね、紀貫之の足跡をなぞって丁寧に記録した、地元に住む人だからこその一冊だ。
ご本人に電話でお礼を伝えると、話は自然と土佐日記の話題へと広がっていった。まだまだ、これから解明される余地がある、と聞いて、目を見開いた。
千年前の景色を、何十年と足で確かめ続けてきた人の言葉にうたれる。
そういえば、原田さんが最初に工房を訪ねてくださったとき、時代ごとに異なる仏像の耳の特徴を細かくまとめたノートを携えてきてくださった。地元に伝わりつつも、忘れ去られ打ち捨てられた仏像も丁寧に掬い上げ、県の悉皆調査のテーブルに乗せたこともある。
地域の文化と歴史を愛し、後世がさらに発見できるようにと、丁寧に丁寧に記述し続けている人なのだ。
雅楽に関わる話も出た。【和邇部用光】のことだ。私の領域から掘り下げることなら、いずれできるかもしれないと言うと、「ぜひに」と。
原田さんが、今年に入って、マダニに噛まれて歩けなくなり、しばらく入院されていたと聞いていた。調子を訊ねると、少し後遺症が残るものの回復なさったとのこと。探訪の途中、どこかでマダニに出会ってしまったのかもしれない。ご無事で何よりだった。
もう八十代だろうか。地元では、どこへでもカブに乗っていく歴史の第一人者だ。誰も気づかないような、神社の痕跡を見つけたりもされる。
これからも複数の本を上梓される予定だという。
くれぐれもお身体を大切に、これからのご出版も楽しみにしています、と伝えた。


