現代造佛所私記 No.39「蓮弁葺く音」

春の鳥たちの声が遠くに聞こえる、高知の山間。

人気のない山奥の仏像工房で、一つの像が完成しようとしていた。

「カサ、カサカサ…」
薄葉紙の乾いた音が、耳をくすぐる。

傷つけないよう、そっと包みをほどくと、像の朱色の衣がふわりと現れた。

窓からとろける春の光を受けて、截金がやわらかくきらめく。赤子よりも小さな、合掌するその手からは、今にも呼吸がはじまりそうな気配が漂っている。

この日、夫は台座に蓮弁を葺く作業に取りかかった。可憐に彩色された花びらを、一枚ずつ丁寧に台座の縁に重ねていく。

手にするのは、金色の真鍮釘と、小さな金槌。

「トン、トン…」

部屋に響くその音は、軽やかで、どこか透明感がある。最初はゆったりと、次第にリズミカルに。仏師が「トン」と金槌を下ろすたび、釘は花弁の根本を抜け、台座に納まっていく。

花弁はとても繊細で、ちょっとしたことで割れてしまいそうだ。でも、気弱に葺けば、ずれたり、外れたりするのだから、神経を使うだろう。

壊さぬように、けれど確かに固定されるように――そのあわいを見極めながら、仏師の手は絶えず力加減を調整している。密に研ぎ澄まされた空気に、私も息をひそめた。

「トン、トン…」

木と金属が触れ合い、釘が台座の中へずっ、ずっと食い込んでいく。その干渉の確かさが、こちらまで心丈夫にしてくれる。

ふーっ。
夫が、ひと息ついた。どうやら、割れることなく蓮弁が留まったようだ。

小さなお大師さまも、心なしか頬がゆるんで見える。

春の陽ざしのなか、今日も工房には、音の祈りが流れていた。
南無大師遍照金剛。