黒猫マダム・日華の臨月が判明した3日後、午前3時。
彼女は静かに産気づいた。
「ニー!ニー!」という、かすかな鳴き声が、夜の沈黙を破った。
日華はゴロゴロと喉を鳴らしながら、生まれた赤ちゃんをせっせと舐め、第2子、第3子と産み落としていく。一人で分娩しながら赤子を世話をする姿に、野生の強さを感じた。
最後の4匹目を産むと、日華は他の子猫同様、懸命に舐めていた。
感動で見守る私の胸が、ざわっと波たった。様子がおかしい。全く子猫が鳴かない、動かない。
しばらくすると、日華は何事もなかったかのように4匹目から離れ、他の3匹の世話を始めた。私の胸がドクンと脈打った。
——心肺停止だ。
私は慌てて4匹目の蘇生を試みた。しかし、その小さな命はそのまま旅立ってしまった。娘が「チビちゃん」と名付けた小さな小さな黒猫を、朝にそっと家族で見送った。
日華の母親ぶりは見事だった。
ケージを覗き込むと、日華は金色の目でゆっくりとこちらを見つめ、静かに瞬きをした。「どうぞこの子たちを見てやって」というように、お腹にくっついている子猫たち乗せたまま、腹部を晒してくれた。子猫たちを抱くと、「どうぞ可愛がってやってください」という風情で、そばで穏やかに見守っていた。
私たちを信頼してくれていたのだろう。
保護当時は、撫でようとすると後退りし、抱き上げると両前脚で突っぱねたマダムだった。しかし、家出を経て距離が縮まり、産後は特に居間へ時折やってきては、夫や私に撫でられて一息入れるようになった。
休憩やトイレを済ませた日華がケージに戻れば、子猫たちのキャーキャーという大歓声に迎えられ、また母親の顔に戻る。授乳しながら脇に置かれた餌をガツガツ平らげる。その姿は、堂々たる産褥期だった。
皓月は、子猫の鳴き声に敏感に反応し、ケージの周りをウロウロした。喉をゴロゴロ鳴らしながら子猫たちの様子を伺い、「私もお世話したい」というように覗き込み、ふんふんと鼻を鳴らして子猫に顔を近づけた。
「うわあ!こんなに小さい猫がいるの!」という好奇心と、「小さい子、かわいい!」という愛おしさが溢れていた。



子猫たちはすくすくと成長し、皓月とも距離を縮めていった。日華は前ほど皓月を威嚇することなく、生活の輪の中に自然と受け入れていた。
皓月はやんちゃな子猫たちとくっついて眠り、一緒に遊び、まるで姉のようだった。可愛くて仕方がないという気持ちが、行動の端々から伝わってくる。
家出と出産という二大事件を経て、微妙な距離感だった皓月と日華が、ようやく足並みを揃えた気がした。日華の理不尽な肉球パンチが、皓月にお見舞いされることも、たまにはあったけれど。
唯一困ったことは——
日華の子猫たちにお漏らしが多かったことだ。夜中に布団を洗濯機へ放り込むこともしばしば。日華と皓月に、何度「指導」を頼んだことだろう。
子猫たちの里親を探しながら、笑いの絶えない、5匹と3人の日々だった。
——今でも思い出すと目が潤んでしまう、あの晩秋。突然の別れの日を迎えるまでは。