8月の終わりに奇跡が起きた。
その日は、予定外の用事で帰宅が日暮になった。
「ずいぶん日が短くなってきたね」などと話しながら、星が瞬き始めた山の麓に差し掛かった時だった。
白い影がさっと車の前を横切った。
「あれ、今のって…」夫が車を止めた。
「コウちゃん?!」反射的に飛び出した私は、白い影が消えた茂みに走り寄った。
ざわっと草が揺れたかと思うと、白い塊が走り寄って胸に飛び込んできた。
「コウちゃん!!コウちゃん!!!」
姿を消した1ヶ月の間に、腕の中の皓月の体はやせ細り、びっくりするほど軽くなっていた。
皓月は、夢中で私にしがみつき、顔や首すじに頭をすりつけ、ペロペロ舐めた。
「よく会えたなぁ!」
家から何キロも離れた山の麓で、偶然会えた奇跡にただただ感じ入っていた。月はなかったけれど、まるで保護した時のような夜の空気。そして、あの頃のような頼りない重さだった。
「あら、その猫の飼い主さん?人懐っこい子やね」と、近所の老婦人が声をかけてくれた。最近、この辺りにいたらしい。
皓月がいなくなってから、記録的な猛暑と嵐がやってきた。打ち付けるような雨が何日も続き、土砂崩れもあった。
夏の間中、どこでどうしているのか、心配でならなかった。よくぞ無事でいてくれた…。
帰宅してシャンプーを済ませた後、皓月は無我夢中でフードボウルに顔を埋めていた。骨の浮き上がる背中が哀れだった。
それでも、変わらぬ皓月だった。お腹が満たされると、いつもの毛布に体を埋め、ゴロゴロと喉を鳴らして前足でしきりに布団を踏み続けていた。安心したのか、まどろむように目を細めた。


皓月は、この大冒険以降、遠くに出かけることはなくなった。
皓月の帰還とともに、秋風がそよぎ始めた。床下は少し涼しすぎるのか、日華も家に帰ってきた。
再び、2匹と3人の生活が始まった。
猫たちは、「お互い、この夏は色々あったね」とでも話し合っているのだろうか。秋冬と寒さが深まるにつれ、ぬくぬくと寄り添う姿も見られるようになった。微笑ましくて何枚も写真を撮った。



しかし、その一方で気になることがあった。
日ごと膨らんでいく日華のお腹だ。
日華は、餌があればあるだけ食べてしまう猫で、保護した当時から食事制限に苦労した。獣医から「飢えの記憶が強いんでしょう」と言われ、一度に食べすぎないようタイマー式自動給餌器を用意し、管理していた。
ところが、皓月と変わらない量を食べているはずなのに、日華のお腹だけがぷくぷくと膨らんでいく。「コウちゃんの分まで食べてないでしょうね?」日華のお腹をさすると、日華がチラリとこちらをみて、寝返りを打った。
保護した時、病院で「この子は避妊手術は済んでいるようです」と言われていたので、病気ではないかと心配した。

あれは節分の頃。「これはあまりにも異常だ。腹水でも溜まっているんじゃないか?」と夫と話し合い、日華を連れて受診した。
「臨月です」
思いがけない獣医の言葉に二の句が告げない私たち。X線画像を見て、目を見開いた。
日華のお腹で、4匹の子猫がぎゅうぎゅうとおしくらまんじゅうをしている。日華は病気ではなく、母親になっていた。
会計をしながら、猫の出産前後の心得を授けてもらい、寝室に分娩と産褥期用のスペースを作った。
猫たちの帰還に続く、この冬の新たな出会いに胸が高鳴った。