現代造佛所私記 No.31「皓月 (4)」

涙目と一生付き合っていく運命を背負ったものの、すっかり元気になった保護猫・皓月(こうげつ)。

スクスク成長し、鹿子柄の青い首輪がよく似合うお嬢さんになった彼女は、避妊手術を迎えるまでになった。

そんなある日、不思議な因果が表出する。水を含んだ空気が瑞々しい山道だった。

皓月を病院へ預けに行く道すがら、峠のカーブを曲がった瞬間――バチッと緑の目と目が合った。

いつもの獣たちとは違う。さっと横切る黒い影。

「遺棄された猫ではないか?」

すぐに姿を消した小さな影に胸騒ぎを覚えながら、皓月を病院へ預けにいった。

帰り道、例の影が落ち葉の上で休んでいた。正体は小柄な黒猫だった。皓月と違って警戒心が強く、近寄るとさっと姿を消した。

翌日、また山道で黒猫と出会う。梅雨を迎える深い山で生きていけるだろうか?心配になり、猫缶と洗濯ネットを用意した。徒労に終わるかもしれない。だが、私たちには放っておくことができなかった。

猫缶の蓋を開けると、湿気が魚の匂いをあたりに撒いた。待つ間も惜しいとばかりに黒猫が飛びついた。 よほど空腹だったのか、警戒するより食欲が勝ったらしい。後ろから近づく私を全く気にしていない。

——いまだ!

そっと後ろから抱き上げる。

抱き上げられながら、「あぁ〜うまかった」とでも言うかのように、ぺろぺろと口周りを舐めた。「警戒心はどこいったの?」保護しながら笑ってしまった。洗濯ネットは不要なほど、黒猫は大人しく搬送されていった。

その足で動物病院へ直行した。

子猫かと思われたその黒猫は、獣医によると「歯の状態から推察して7歳くらいではないか」とのことだった。寄生虫やノミ・ダニはいるものの、健康状態は問題なし。駆虫薬を処方された。

「猫一匹も二匹も同じか」

皓月との楽しい毎日が、私たちをすっかり猫好き家族にしていた。

桃橙色の大きな夕日を眺めながら、動物病院の駐車場で黒猫の名前を皆で審議する。

「日華(にっか)はどう?」

「皓月と合わせて月と太陽か、いいね!」

無事名前も決まり、退院してくる皓月との隔離のために、ケージや猫用トイレ、フードボウルなどを購入し帰宅した。

日華は飢えた記憶が強いのか、フードがあればあるだけ食べた。新生活はそれなりに満足していたのか、ケージの中で大人しく過ごしていた。

そして、保護から2日後。カラーをつけた皓月が帰還した。

「相性が良いかは、一瞬で決まります」

動物病院で聞いた言葉を思い出しながら、猫たちの対面を見守る。

「フー!!!」

鋭い日華の威嚇に、皓月が身をすくませた。

——これは先が思いやられる。

生後一か月からのびのびと暮らしてきた皓月。 そして、その皓月が留守の間に「自分の家」として落ち着いた日華。

それぞれが「我こそが先住猫」と思っていたはずだ。

「誰?誰?」ケージの周りをうろつく皓月。

「白いんがウロウロと目障りな」と鋭い眼光で見つめる日華。

視線が交差する。ケージ越しに、静かな火花を散らしていた。

波瀾万丈の新たな生活の予感がした。