現代造佛所私記 No.30「皓月 (3)」

山道で保護した猫の皓月は、重度の猫風邪とコクシジウム症で、治療が必要とのことだった。

自宅で駆虫剤を飲ませながら、インターフェロン治療のため5日間連続で通院した。時間のやりくりは大変だったが、とにかく元気になってほしい一心で、家族総出で付き添った。

栄養療法も功を奏し、皓月は少しずつふっくらとしてきた。こまめな点眼薬と拭き取りを続けるうちに、クリッとした青い目が現れ、ようやく「目が合う」感覚が生まれてきた。

SNSでつながった猫好きの人たちから、たくさんの激励や助言が届いた。みんなが皓月の回復を願い見守ってくれていると思うと、胸に込み上げるものがあった。あの頃の人たちとは今でも交流がある。皓月が繋いでくれたかけがえのない縁だ。

娘は相変わらず皓月を怖がっていた。それでも時折、遠慮がちに手を伸ばし、そっと毛並みに触れるようになった。皓月が目を細めて喉を鳴らすと、娘も少し誇らしげに微笑んだ。

娘と皓月の距離も少しずつ縮んでいった。「猫ってこんなにフワフワなんだ、こんなにかわいかったんだって思ったよ」当時を振り返って娘はいう。

保護当時は、分泌物のせいでぶーぶーとした呼吸音と、声にならない声しか発していなかった皓月。しかし、10日ほど経った頃、小さな「ニャア」という鳴き声を聞かせてくれた。頼りなくも愛おしい響きだった。

皓月は日に日に活発になっていった。

私が料理していると、後ろで結んだエプロンの紐に飛びついてじゃれついた。一番のお気に入りは三連のネズミのおもちゃ。咥えて抱え込んだり、手で突っついたりしてボロボロにするので何度も買い替えた。吉田の扱う弓具の動きを追って、頭がつられる様子もおかしくて、毎日笑いが絶えなかった。

「コウちゃん」と呼ぶと、振り向き「ニャッ」と元気よく返事をしてくれるようになった。いつの間にか私たちの声にはっきりと反応するようになり、かけがえのない家族の一員となっていた。

寄生虫が駆除でき、トイレも覚えた頃には、一緒の布団で眠るようになった。夫や私の体に代わるがわる寄り添い、安心しきって喉を鳴らし眠る姿は、「ここが私の場所」と言っているようだった。

皓月がきて2ヶ月が経とうとしていたクリスマス。

皓月は小さなツリーの前で、目を輝かせてオーナメントを見上げていた。次の瞬間、バシッ!と前足を振り下ろし、オーナメントが床に転がる。「あっコウちゃん!」という声も虚しく、次々に落ちていく飾りたち。とうとうツリーまでぐらりと傾き、そのまま土間に倒れ込んだ。

皓月はターッとどこかへ逃げたかと思うと、「今、何かありました?」ととぼけた顔をしてやってきた。

皓月との日々は、驚きと笑い、そして小さな奇跡の連続だった。これからこんな毎日が続いていくんだろうなと思っていた。