十三夜の月が、山道をやわらかな銀色の光で照らしていた。
翌日の法要に参列するための用事を済ませ、娘と二人、車で家路を急いでいた。秋深まる山道に入ると、窓を閉めていてもかすかに湿った草木と土の清冷な香気が入り込んでくる。
カーブに差しかかったとき、白くふわりとした影が視界をよぎった。
咄嗟にブレーキを踏む。タイヤがキュッと擦る音が響いた。
「獣……? 轢いたかな?」
夜の山道では、鹿や野うさぎ、猪を見かけることがある。しかし、それらは皆、木の葉や土に紛れるような茶色の毛並みをしている。今、車の前に見えたものは、明らかに白い生き物だった。
手にじわっと汗が滲む。怪我をしていませんように——祈りながら、そっと車の前を覗き込んだ。
それは、車のライトの前で眩しそうにぎゅっと目を閉じた、小さな白い子猫だった。片手のひらに収まるほどのふわふわが、行儀良くちょこんと座っている。
捨てられたのだろうか。
子猫は声も上げず、怯える様子もなく、ゆっくりと闇を目指してよたよたと歩いていく。そして、いつの間にか車の下へと潜り込んでしまった。
「よかった……怪我はなさそうだ」
ほっと胸を撫で下ろしながら、車体の下を覗き込む。ちょうど車の中央あたりに、白い小さな塊がじっと座り込んでいた。
母猫や兄弟はいないだろうか。あたりを見回したが、月の光が注ぐだけで風の音すらしない。野良猫を見かけたこともない場所だ。人に遺棄された可能性が高い。
放っておけない。
この道は普段こそ静かだが、今は奥で工事が行われている。ダンプカーが頻繁に行き交うのを思い出し、嫌な想像をしてしまった。あんな巨大な鉄の塊の前では、この小さな命はひとたまりもない。
決めた。
ゆっくりと日傘の柄を伸ばし、ふわふわをそっと車体の外へと誘導する。怖がることなくされるがままのその姿に、愛おしさが込み上げる。両手で抱き上げると、思いのほか軽く、そして暖かかった。
「やだ、やだ、逃してあげようよ……猫ちゃんのお母さんがきっと探してるよ」
後部座席から娘の震えた声が聞こえた。泣きべそをかきながら、ドアを開けようとする。子猫が怖いらしい。
「放っておくと死んじゃうよ。とにかく病院に連れて行ってあげないと」
我ながら、有無を言わさぬ声色だったと思う。4歳の娘はふにゃふにゃと言葉にならない抗議をしながらも、やがてチャイルドシートに収まった。
電話で夫に事情を話す。
「それは仕方がないね」
彼の声は、まだ見ぬ小さきものへの慈しみに満ちていた。
通話を終えふと顔を上げると、皓々と輝く白い月と目があった。