夜半の雨が上がった朝は、思いのほか晴れていた。程よい湿り気を含んだ風と、晴れ始めた空の色が、何ということもない一日を特別なものに感じさせる。
今朝はまず、車の掃除から始めた。埃を払い、座席を拭く。お客さまのお迎えに行くためだ。
東京藝術大学や東洋美術学校で教鞭をとられる松田泰典先生が、わざわざ当工房まで足を運んでくださる日だった。
保存科学の専門家として長年、国内外の文化財保存修復に携わり、エジプト・ギザの大エジプト博物館保存修復センターではJICA専門家として現地の人材育成を担ってこられた方である。今年六月、富山での文化財保存修復学会以来、四か月ぶりの再会だった。
最寄りの駅——と言っても、工房から車で四十分——までお迎えに上がると、先生はお変わりなくお元気で、柔らかな笑顔のままに親しく話してくださった。
吉田仏師にとっては十年来のご縁で、かつて専門学校で非常勤講師をさせていただいたときからのお付き合いだという。
車中で、先生がふとこんなことを話してくださった。
「実はね、電車で乗り合わせたご婦人二人組が、あなた方ご夫婦のことを話していて驚いたんですよ」
ちょうど二日前、生涯大学で講義をしたばかりだったから、もしかしたら聴講されていた方だったのかもしれない。高知でもそう多く知られているわけではない私たちの話を、数年ぶりに来高された先生がたまたま耳にされたというのだから、不思議な巡り合わせもあるものだ。思わず笑い合った。
そんな偶然から始まった再会だった。
工房では、夫が修理したお像や、製作中の観音像をご覧いただいた。細部にわたる質問と、文化財修理の未来へのお話。会話の輪に私も混ぜてもらいながら、これまで聞きたかったことをいくつか尋ねた。
(2)へ続く。


