現代造佛所私記 No.23「しめ縄」

海辺の町の昼下がり、師走とは思えない日差しが注いでいた。

実家玄関の三和土(たたき)一面にブルーシートを敷き詰め、バケツに水を張る。

「トン、トン、トン、トン」

木槌のやや鈍い音がドアを挟んだ前庭から聞こえる。稲藁をたたくその拍は、地域に伝わる太刀踊りの太鼓に似ていた。

さすがの南国土佐も、師走ともなると朝晩冷えるが、昼間の日差しは力があり、南向きの玄関ならコートを脱いでも十分過ごせた。

人間たちがいそいそと動いている間に、一番温いところを老猫が陣取っている。

しなやかに揃えた稲藁を抱え、父がブルーシートの中央にどっかと座った。適当な間を開けて私たち夫婦もあぐらを組む。

老猫が迷惑そうに起き上がり、バケツの縁をふんふんと嗅いだり、落ちた稲藁を一応前足でつついたりして、のそのそと夫の膝に座り込んだ。老猫は夫のことを気に入っているらしく、当たり前のようにくっついてくる。

その年の米からでた稲藁は、畑に使ったり、しめ縄に加工したりする。この日は、年に一度のしめ縄作りの日だった。

「すまん、メモしたノートをなくしてしもうた。」

父が決まり悪そうに笑う。

困ったことに作り方を覚えている者がいない。忘れるからとメモしたノートの行方を、父は見失ってしまった。

それぞれ記憶を掘り起こそうとするが、どうもはっきりしない。考えても仕方がない、とにかくやってみようと、しめ縄づくりに着手する。

こういう時は、たいてい体の方が覚えているものだ。

足の母指で稲藁をぎゅっと掴んで二つに割り、手をしめらせてねじり上げる。

「そうそう、こんな感じやった」

いくら失敗しても、材料だけは困らない。動きがこなれてきた頃には、老猫もどこかへ行ってしまっていた。

山や庭でとってきたウラジロや南天を飾りつけると、それなりにまとまるもので皆満足そうだ。

パンパン、と膝をはらって父と夫が立ち上がる。

「(作り方を)書いちょかんといかんな」

はよ書かんと気づいたらまた年末になっちゅうで、と軽口をたたいて笑ったのは6年前。

家族で育てた稲藁で作るしめ縄は、あれが最後になってしまった。