海辺の町の昼下がり、師走とは思えない日差しが注いでいた。
実家玄関の三和土(たたき)一面にブルーシートを敷き詰め、バケツに水を張る。
「トン、トン、トン、トン」
木槌のやや鈍い音がドアを挟んだ前庭から聞こえる。稲藁をたたくその拍は、地域に伝わる太刀踊りの太鼓に似ていた。


さすがの南国土佐も、師走ともなると朝晩冷えるが、昼間の日差しは力があり、南向きの玄関ならコートを脱いでも十分過ごせた。
人間たちがいそいそと動いている間に、一番温いところを老猫が陣取っている。
しなやかに揃えた稲藁を抱え、父がブルーシートの中央にどっかと座った。適当な間を開けて私たち夫婦もあぐらを組む。
老猫が迷惑そうに起き上がり、バケツの縁をふんふんと嗅いだり、落ちた稲藁を一応前足でつついたりして、のそのそと夫の膝に座り込んだ。老猫は夫のことを気に入っているらしく、当たり前のようにくっついてくる。
その年の米からでた稲藁は、畑に使ったり、しめ縄に加工したりする。この日は、年に一度のしめ縄作りの日だった。
「すまん、メモしたノートをなくしてしもうた。」
父が決まり悪そうに笑う。
困ったことに作り方を覚えている者がいない。忘れるからとメモしたノートの行方を、父は見失ってしまった。
それぞれ記憶を掘り起こそうとするが、どうもはっきりしない。考えても仕方がない、とにかくやってみようと、しめ縄づくりに着手する。
こういう時は、たいてい体の方が覚えているものだ。
足の母指で稲藁をぎゅっと掴んで二つに割り、手をしめらせてねじり上げる。
「そうそう、こんな感じやった」
いくら失敗しても、材料だけは困らない。動きがこなれてきた頃には、老猫もどこかへ行ってしまっていた。
山や庭でとってきたウラジロや南天を飾りつけると、それなりにまとまるもので皆満足そうだ。



パンパン、と膝をはらって父と夫が立ち上がる。
「(作り方を)書いちょかんといかんな」
はよ書かんと気づいたらまた年末になっちゅうで、と軽口をたたいて笑ったのは6年前。
家族で育てた稲藁で作るしめ縄は、あれが最後になってしまった。