現代造佛所私記 No.221「紫の光」

満月の翌朝。空はまだ薄暗く、少し雲がかかっていた。玄関を出ると、ひんやりとした新しい空気が肌に触れる。

娘をバス停へ送る道すがら、手を繋ぎ川沿いの小道をテクテク歩く。川向こうに熟れた柿の実が重たげに枝にぶら下がり、石垣には野いちごの小さな葉が、小さなルビーのように光っていた。娘が足を止め、石垣に手を伸ばして野いちごを摘んで口に含む。「甘酸っぱ〜い!」と笑顔を見せた。

藤袴の花と尾花が咲き始めた。秋の景色が目に楽しい朝だ。まだ寝癖の残る娘の髪が風に揺れる。その横顔を見ながら歩く朝は、急ぎながらも穏やかだ。

今日は、カーブを曲がった先の隣家の庭に、紫の花が揺れているのに気づいた。その奥には、満開になった秋桜が朝日を受けて透き通るように輝いていた。秋の朝は、ひととき天国のような景色を見せてくれる。

「わぁ、きれいね」「紫がきらきらしてるね」

娘とふたりで足を止めて見とれていると、庭のご夫人が鋏を手に現れた。

「今年も咲きました。よかったらもっていって」

そう言って、にこやかに鋏を手渡してくれた。秋の日差しが斜めにさして、ご夫人の横顔をやさしく照らしていた。毎年この季節になると咲く花。巡る季節を分けていただくような心地がした。

お言葉に甘えて、一束いただいた。帰宅して花瓶に挿すと、ふわふわした花弁がよく見えた。アメジストセージ──その名のとおり、光を抱くような紫だ。

ほどなくして、猫の皓月がやってきた。興味津々に香りを嗅いでは、ぺろぺろと葉を舐める。慌てて毒性を調べ、特に問題はないことを知り胸を撫で下ろす。珍しいらしく、皓月はしばらく匂いを嗅ぎながら観察したかと思うと、その脇に臥して眠り始めた。猫なりに花を愛でているのか、その仕草に笑みがこぼれる。

やがて部屋に、ほのかに爽やかな花と葉の香りが漂い始めた。ちょっとした振動や微風で花穂がほんの小さく揺れる。机の脇に置いたその紫が、目尻の端を縁取っている。

暮らしの中になかった色が、季節の彩りを添えてくれた。気持ち新たに、と思う。