現代造佛所私記 No.217「銀杏の季節」

小学生の娘が帰ってくるなり、「お母ちゃん、おじさんがいいものくれるって!袋持っていっしょに来て」

ただいまも言わずに、私の手を引いた。

案内されるまま、川沿いの道を二分ほど下る。バシャバシャという水音が近づいてきたかと思うと、川の中で前傾姿勢になり、長靴を履いて何かを洗っている人の姿が見えた。近づくにつれ、あたりに漂うのは──あの独特の秋の匂い。銀杏の香りだった。

「こんにちは」

声をかけると、顔を上げたその人はYさんだった。

ときどき手作りの焼き菓子やフルーツ、時には川エビまで。集落の奥までわざわざ訪ねてきては、いろんな美味しいものをお裾分けしてくださる、楽しい人生の先輩の一人である。

「家の横にようけ銀杏がなってな、拾たんよ。ようけあるき、もろて」

そう言いながら、コンテナでゴロゴロ転がる銀杏を、どしどし袋に詰めてくださる。「えっ、こんなにいいんですか?」と躊躇う私に構わず、Yさんは笑いながら水に濡れた手を止めない。

娘が「くさーい!」と鼻を押さえてケタケタと笑う。

「臭いねぇ。でも、美味しいよ!」

少しおどけた声色で言うと、娘がもっと笑った。Yさんも笑っている。

家に戻り、ざるの上に銀杏を広げた。風に吹かれて、あたり一面に秋の香りが漂う。この匂いもまた、季節のたからものだと思う。

さて、焼いて、茹でて、楽しもうか。

Yさんには、今度の出張先で、お土産を見繕ってこよう。何がいいだろう。川でバシャバシャと銀杏を洗う背中と、険のない、どこまでもあたたかな笑顔を思い浮かべながら考える。

人生を豊かにしてくれる、季節と心の手渡し。それは、匂いとともに巡ってくる。