現代造佛所私記No.112「水風呂」

入浴から6時間経った今も、全身がぽかぽかとしている。今日は、久々にゆっくり温泉に浸かってきた。

昨年末、お茶の役員会のビンゴで当てた、ホテル三翠園(高知市)の温泉入浴券2枚。余裕だと思っていた有効期限が、危うく切れるところだった。

出張や来客が多かった上半期。走り抜けた半年を労う日にしようと、家族で向かった。

午後二時。鏡川を見おろす湯殿・水哉閣(すいさいかく)は、ちょうど人が引いた時間帯。連絡通路に入ると、ほんのりと硫黄の香りが漂ってくる。

「温泉の匂いがする!」と、娘がスキップする。

清潔で広々とした脱衣所。しかも、誰もいない。

娘は嬉しそうに体を洗い、早々に露天風呂へ。私も続こうとしたその時、娘が八の字眉で戻ってきた。

「ここ熱いの……もう出る……」

どうやら湯温が身体に合わなかったらしい。期待が大きかった分、落胆も大きい。時計を見ると、まだ15分しか経っていない。夫とは2時間後に待ち合わせをしている。

娘の意志は固い。少し考えて、ひとつ提案をした。

「じゃあ、水風呂に行ってみようか」

怪訝そうな娘の手を引き、水風呂へ。

「どこまで入れるか見てて!」と挑戦を始める。少し大袈裟に寒がりながら、「おへそまで行けたら褒めてね」と、足先、膝、太もも……と慎重に水風呂に入る。

娘の顔がパッと明るくなった。「うわー冷たい! お母ちゃんすごいね!」と続く。

次に、露天風呂へ。

「あったかい!」湯に身を沈め、うっとりする娘に、ホッとした。

何度目かの交互浴のときだった。

一人の老婦人が、水風呂の縁に立った。手桶でざばっと頭から水をかぶると、ためらいなくザブンと肩まで沈む。動きの無駄が一切ない。

「……あの人、すごいね」

娘が耳元でつぶやいた。水風呂にソロソロとしか入れない自分達とは違う——そんな尊敬のこもった声だった。

お湯に戻るその背中も、堂々としていた。

私たちも、水と湯を何度も行き来した。最初のちくちくした温度差は、やがて炭酸水のようなシュワシュワとした心地よさへと変わっていた。

絞られるように、むくんでいた足のだるさがスーッと引いていく。あぁ、ありがたい。

「今日ね、コラムは水風呂のこと書いて」

娘が言った。だから、今日は水風呂の話。