現代造佛所私記No.105「蓮糸の衣装と、未来の気配」

2025年6月14日、15日開催の文化財保存修復学会、富山大会。
吉田家一同、3階の客席に座って発表を聞いていた。ぱっぱっと切り替わるスライドの光を追いながら、ある舞台のことが想起された。

東京都八王子市で開催される、舞台「太古の水おと」(2025年6月15日@村内文化ホール 12:30開演)。

私はこの舞台のPRを担当しており、学会中も手元のデバイスに届く通知を確認しながら、ホールの一席に座っていた。

出演する「あはひ Awai」は、古代楽器とピアノという周波数も構造も異なる音の間(Awai)に、舞で視覚的な表現をそなえ、独特の空間を立ち上げるグループだ。

音と舞が交差し混じりあう空気。そのなんとも言えない繊細な“気配”を、前提を共有していない多くの人にいかに届けるかを探りながら、日々向き合っている。

3人のメンバーは、「あはひを必要としている人がいる」という確信を持って、不慣れなSNSにも果敢に挑戦してきた。

本番を明日に控え、3人は集中を高めながらも発信に余念がない。自らが深く影響を受けた、響きや舞の世界を分かち合うために、静かな情熱を燃やしているのがよくわかる。

そんな3人の穏やかで静かな熱を感じながら、学会の口頭発表を聞いていた。

学会のステージでは、奈良時代の楽装束のクリーニング、木漆工芸品に用いられる鉛の影響について取り上げられていた。

スライドに現れる文化財の損傷や劣化の様子から、今本番を待っている「蓮糸の衣装」や「龍笛」の未来が重なる。

あなたは、蓮糸からできた衣をご覧になったことがあるだろうか?

蓮の茎から採れる繊維で織られた、透け感のある発光するような衣。私はまだ直接目にしたことはないけれど、画面越しにも伝わってくる張りのある質感。空気を含んで揺れる微細な光沢。そして、サラサラ涼しげな衣擦れの音。

それはまるで、シャリッとした歯触りと、口の中でぷるんと甘さ弾ける琥珀糖のようだ。

そして、鉛が管内に籠められている楽器、龍笛。竹、樺や籐、漆、蜜蝋など、自然の素材を用いて職人の手で作られたこの横笛は、鉛によって重心が安定する。「龍の鳴き声」と喩えられるその音色の豊かさ、環境の影響を受けやすい繊細さに、私も魅入られた一人だ。

現在進行形で人にまとわれ、奏られるものたちと、文化財として保存修理の対象として語られるもの。

かつての姿と、未来の姿が、富山の国際会議場で重なった。

文化財が問いかける「過去と未来」。舞台が引き出す「いまこの瞬間」。その間に浮かんでは消えていく、私たちの暮らしの声や気配。

その波紋のような揺らぎは、一人一人の心に余韻や記憶として刻印される。

蓮糸の衣装が光を孕み、音と舞が呼応し始めたとき、私たちがまだ見ぬ遠い未来の約束が交わされる。

その瞬間に、多くの人にぜひ立ち会ってほしいと思う。

2025年6/15(日)12:30〜
於 村内文化ホール(東京都八王子)
チケットご予約は以下(まだお席にゆとりがあるそうです)
あはひ~awai~ 太古の水おとⅠ 森呼吸の部
あはひ~awai~ 太古の水おとⅡ 海呼吸の部