槍鉋による台座表面の加工(童学寺様)

童学寺(徳島県)の薬師如来坐像の火災で焼けた台座と光背、鋭意製作中です。

本プロジェクト開始についての経緯はこちら→「火災で焼けた台座・光背の製作開始」
前回の記事はこちら→「ご仏身と仮合わせしました」

ご仏身と光背・台座のバランスが確認できましたので、台座表面を平安時代風の仕上がりを目指し槍鉋(やりがんな)で加工します。

現代よく使われている台鉋(だいがんな)は室町時代に登場したもので、それまで日本では木の表面は槍鉋で削っていました。槍鉋は、その名の通り槍のような長い柄とやや反った両刃の穂先を持つ道具です。

今でこそ文化財の修理・復元の現場で目にすることがありますが、室町時代以降〜戦後に法隆寺宮大工・西岡常一棟梁が復元するまで姿を消していた幻の道具でした。

弊所の槍鉋は数年前に小信さんで作っていただいたものですが、当時は槍鉋を使える人が周りにおらず、西岡常一棟梁の本や映像を見たりして研究したものです。

今回製作しているのは平安時代の如来様の台座なので、部分的ではありますが平安時代にならって槍鉋を使うことにしました。

台鉋と違って、槍鉋は波打った仕上がりで、独特の風合いがあります(削り跡を確認するため照明を落としてスポットを横から当てています)。


台鉋、槍鉋をそれぞれの特性を生かして使い分けられるのは、現代に生まれた大工や仏師の特権かもしれません。槍鉋の作業は始まったばかりです。また経過をご報告いたします。

次の記事はこちら→「台座の荒彫り(童学寺様)」