そこへ、ハチマキ姿の松浦が、軽トラで現れた。
「おぅ、まだおったかね。おまん、今日はどこまで行くかよ」
ヒナは今夜の最終便で東京へ戻るという。空港方面に帰宅する松浦が、送迎を引き受けた。ヒナは大樹の車から荷物を取り出し、つま先を揃えて改まった。西日の中で、コーラルピンクが鮮やかだった。
「本当に、ありがとうございました」
ヒナが、深く頭を下げた。そして森に向かって柏手を打つと、しばし手を合わせた。松浦、大樹と順に握手し、マルの頭を撫でたのち、ひらりと軽トラに乗り込んだ。
「また来ます。あ、これ!」
助手席から顔を出したヒナが、大樹の胸元に、名刺を差し出して言った。
「手紙を食べる森の”今”を、書いていいですか?地元男性Aと、青年B、それから犬C」
「アホか、マルはマルでえいろうが!」
ガハハと笑いながら、松浦が荷台のケージにマルを入れ、運転席に乗り込んだ。ブルンと、エンジンがかかる。
「その記事、楽しみにしています」
「書けたらお知らせするので、絶対連絡くださいね。いつかまた、ここへ来ます!今度は和紙に墨で書いてきます。お水も持って」
「その時には、ウロの秘密、お話しします」
「えぇっ?気になります!約束ですよ」
出発した軽トラから白い手を突き出し、ヒナは指切りを大樹に向けた。山向こうに見えなくなるまで、大樹は見送り続けた。
車に戻った大樹は、座席下に目を留め、慌てて軽トラを追おうとした。が、やめた。そして、森に一礼すると、ひぐらし鳴く棚田の道を、ゆっくりと下っていった。折り畳まれたトレッキングポールが、カチリ、と鳴った。
翌春、大阪。
伽藍堂になったワンルームで、大樹が電話の主に話しかけている。
「明日の昼過ぎに着く予定。荷物は二時ごろ———分ぁかっちゅうって。灘の酒やろ。けんど、ちょっとは控えや。おかんにまた怒られるで」
会社に辞意を伝えた時、部長の森田は上司として引き止めはしたが、「我が人生、やな」と大樹の肩をポンと叩いた。
ベランダから見える大阪の街は、桜の開花宣言があったばかり。電車やバス、雑踏、やまぬサイレンの音が、今は名残惜しい。夜桜を待つ人の、楽しげな声に大樹は目を細めた。
———あれから二度目の夏。
蝉時雨と飛行機のエンジンを聞きながら、松浦は空港に立っていた。
「小夏もちっとはようなったき、皆でやり」
黄色くはち切れそうなビニル袋を、親子に突き出す。杖をつく父親を、大樹と母親が支えている。東京からの客人を、皆で迎えるのだ。
「これからやにゃぁ…ッブション!あー」
到着ロビーに並んで歩く家族を見送り、松浦は大きなくしゃみをすると、売店に声をかけた。
「すんませーん、これ一つくれ」
店頭には、真新しい手書きのポップが揺れていた。
———手紙を食べる森のレターセット(手漉き)


