現代造佛所私記 No.436「白湯」

「白湯?ただの湯?」

一日の終わりに最後の白湯を飲みながら思い出す。今から11年ほど前になる。

晩秋に富山の木彫家の師匠宅を訪ねた時、飲み物を勧められた。コーヒー?紅茶?と訊かれて「お白湯がありがたいです」と応えた私たちに、奥様が不思議そうに繰り返された。

「はい、何も入れない、お湯を」

毎日白湯を飲むというのが、私たちの習慣であった。

「仏師は白湯を飲むんよ」

師匠が奥様に説明されたのを聞いて、夫と顔を見合わせた。私と出会ってから白湯を飲むようになった夫は、初耳だったらしい。仏師の師匠が白湯を飲んでいた、ということもなかったそうだ。

私が白湯を飲む習慣が元々あって、夫も何の気はなしに取り入れた習慣だった。

ごく自然な成り行きで習慣になった白湯を好む生活を、師匠に「仏師らしくなった」といわれたような気がして、仏師本人でもないのにちょっと口元が緩んだ。

奥様が見送りの際、マーラーカオ(馬拉糕)を持たせてくださったことも思い出された。優しい甘さが、白湯によく合った。

その後、師匠と私はフェイスブック友達になり、夫を介さず交流させていただくようになった。

3ヶ月前の中学校の授業の写真もお送りした。すると、師匠がこんな言葉を送ってくださった。

「私の誇れる弟子であり、井波彫刻の全国代表でもあると思っています。」

夫には直接はおっしゃらない。遠方のふるさとにいる父親のようであり、同志であり、いつまでも夫の師匠でいらっしゃるのだ。

さて、空になったグラスが、すっかり冷えた。