仏像修復

世代を超えてつなぐもの

日本の仏像は、主に木材でできている以上、そのままでは朽ちていく運命にあります。
しかし、人々の信仰と次世代へ繋ぐ思い、確かな技術と知識を持った仏像修復師、仏師たちによって、百年、千年の時を経て受け継がれています。

当造佛所でも仏像・神像の修復を承っております。重要文化財のお像につきましては、県指定まで対応可能。基本的に、現地へお伺いしお像の状態を拝見してからお見積もりいたします。

仏像の修理についてご興味の有る方、実際に修復の様子をお知りになりたい方は、茨城で活動している私共の友人、飯泉太子宗(いいずみ としたか)氏の修復現場の様子も是非ご覧ください。

クリックして <<特定非営利活動法人 古仏修復工房の活動の様子>> を見る


 

仏師が知らないお像のその後

「庭の木ぃ切ってきて、自分で削ってつけてみたんや。どうやろか。」
南国のとあるお寺でのこと。
住職が奥から小さな仏像を取り出してきた。
右腕が継ぎたされた古いお像だった。

住職のお手ずから修復された右腕部分は、
荒削りではあるもののどことなく愛嬌があり、
全体として親しみあるお像になっていた。

住職は次いで大事なお像たちを取り出されては、
まるで古い友人を紹介するかのように見せて下さった。

古びていたり、どこかしら欠けているお像ではあったが、
どれも、歴代の住職とそのご家族、地域の檀家さんと
共に生きてきた「生(なま)」のお姿だった。

 
お像をお納めした後、仏師がそのお像に会うことはほとんどありません。
同じ納品先に別なお像を納めに伺った際お会いするか、修復で一時的にお預かりすることがあるとしても、長持ちするようにお造りしている以上、また何より、仏師個人の思いなど、お像が完成した時点で無用のものであり、お会いしないことが自然ではないかと思います。

ただ、この南国のお像たちのように、仏師や修復師、彩色を施した職人、守り伝えてきた人々の思いが映し出されたお像とひょんなことから出会ったりすると、言葉にならない思いが去来するのです。

何かのご縁でこれをお読みになった皆様も、身近なお寺に足を運ばれてはいかがでしょうか。
国宝や文化財のお像とはまた違う、新鮮な味わいがあるかもしれません。

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